『先住』

厳しい言い方になるが、ネタが小粒で新鮮味に欠けるものであると、いくら新奇な味付けをしたところで怪談話としては全く面白味が出ることはない作品の典型例である。
賃貸物件で異様な気配を感じてそこで霊を目撃するという、いたってシンプルな内容である。というより、賃貸物件で怪異が起こる作品と言えば無数にあるわけで、そういう条件下でこの作品程度の目撃談だけで話を展開させること自体全く気が利かないとしか言いようがない。その霊体がもっと変わったリアクションをするとかすればまだ何とかマニアを刺激するものがあったかもしれないが、パジャマを着たおっさんの霊体をクローゼット内で見ただけでは、子供騙しの怪談話でも通用するかどうか甚だ怪しいだろう。
さらに間の悪いのは、最後の3行に渡って展開する体験者のコメントである。「女性に人気の」という不動産屋の言葉を思いつきで引っ掛けたような憶測であり、実際にこの霊体と女性に人気の物件であるという事実とが結びつけられる証拠は全くないに等しいわけである(実際、体験者の男性はこの霊に何らかの敵対行為を受けたわけではないし、この部屋の利用状況を噂にでも聞いたわけでもない)。こういう類の主観的で根拠のない憶測を怪談の解釈としておくことは、怪異そのものを矮小化させる悪しきものであり、昨今の実話怪談の作品内でおこなうことはタブー視されるものである。そして最後の行のコメントも、結局は上に挙げた憶測をさらに拡大解釈させただけの内容であり、むしろ怪異そのものを歪曲させるだけの効果しか得られないという意見である。
実話とは“あったること”を綴ることが主眼であって、決して書き手の心霊に関する解釈であるとか思想を主張するために書かれるものではない。この作品の場合、おそらく怪異の小粒さをカバーするために体験者のコメントを利用して目新しさを出そうとしたのだと推察するが、最終的には、実話としての客観性を曇らせる結果にしかならなかったと言える。本当にこの霊体が女性が入居することを画策しているのであれば希少性抜群の話であることは間違いないが、どう贔屓目に見ても体験者の思い込みの産物であるとしか言いようがない。そしてこの解釈が事実でなければ、果たして“あったること”を表現する実話怪談として認めることが可能なのかという問題が出てくる。要するに、余計な拡大解釈は実話怪談にとって余剰どころではなく、命取りになりかねない存在なのである。
怪異そのものは間違いないと思うが、結局余計な解釈のために怪異の面白味を殺してしまった感が強い。怪異の小粒さも相まって、やはりマイナス評価とせざるを得ない次第である。
【−3】