『嬲視線』

怪異としてはなかなか興味をそそる内容である。見えない何者かと浮気をする妻、そしてその見えない存在とのツーショットと考えられる写真の存在、さらにその見えない存在を紹介されて視線に怯える娘。ある意味物証と呼べるものは揃っており、単なる思い過ごしであると錯覚とは思えないだけの説得力があると言えるだろう。ただこれだけの内容がありながら、どうしてもリアリティーに欠ける印象を覚えるのである。
一番厳しいと感じたのは、劇的な効果を考えた末の結果であろうと推測するが、時系列を敢えて変えた構成である。これが却って悪い意味での「小説臭さ」を醸し出しているところが、非常に気になったわけである。またそれに輪を掛けて、感情を剥き出しにした会話のやりとりを中心にした展開になっており、そこに加えられる心理描写もやや大仰で、何となく客観的で冷静な雰囲気が出てこなかったというところもあるだろう。とりわけ体験者と妻のやりとりの部分は、異様なシチュエーションも相まって、どことなく日常から乖離した芝居っぽさにも似た印象を受けてしまい、かなり浮いてしまったように見える。そしてその浮いてしまったのが却って目立つために、その後に控える娘の語る怪異の真相(ここが即ち怪異の肝の部分)が、どうしてもインパクトを薄められてしまったと言える。さらに言えば、ここでも時系列をいじって怪異の真相を一番最後に持ってきているのだが、これがタイトルにある“視線”という言葉からある程度オチが読めてしまっており、逆に話を引っ張ってしまったために興を削がれてしまった。
怪異の内容は先に言ったように、この種の話としては物証が多いだけに、特に強烈な味付けをするまでもなく、それなりに読めたという意見である。個々の内容については何となく決定打に至らない物足りなさはあるものの、この作品のように劇的な効果で飾り立てて書く必要性はあまり感じない。むしろ煽った書き方をしたために、逆に怪異そのものの内容の弱さが際立って、読後の感想としては変な部分に力点が置かれてしまった、何となく違和感を覚えるレベルであった。
正直なところを言うと、この怪異譚は時系列的に並べて“あったること”を書いたとしても、怪異のインパクトを最大限に活かすことが難しいと思うところが大きい。物証はあるものの、怪異を直接的に決定付けるものがほとんどなく(要するに妻と娘の証言だけが頼りであり、写真も妻が否定してしまえば言い逃れられるようなレベルとしか受け取れないような書き方である)、話者である夫からの視線だけでは怪異の再構築は非常に不利な状況であるだろう。それ故に、書き手は構成部分で少々無理をしたのだろうと推測するが、結局それでも怪異を活かしきるところにまでは至らなかったと言える。文章で書いてしまうと余りにも平板な展開となってしまう、むしろ語りで表現した方が印象は良かったのではないかと思う。書き手の努力の分だけプラスとするが、作品そのものとしては余り高く評することは出来ないという意見であり、総合的には可も不可もない評価で落ち着かせていただく。
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