【−2】老けた

かいつまんで言えば、“見える”人が知り合いの死を夢の中で追体験したという内容。
死んだ者が体験者にとって非常に近しい存在であるために非常に感傷的になっているように見えるが、そのくせ非常に巧妙な構成で怪異の内容をなかなか明かさないような冷静な計算高さも顕著である。
結論から言えば、さほど強烈でない怪異を大仰な装飾(しかもウエットな感触で満ち溢れている)で固めた、悪く言えば“あざとい”印象を強く感じてしまった。
タイトルになっている「老ける」という現象も、その後の展開から“死相”であることが判る(「死人の目」と体験者自身も感想を漏らしているぐらいだから、実は“老けた”などとは初めから思っていなかったかもしれないと邪推)。
それ故に、前置きとして長々と“老ける”談議をやっていること自体、怪異の内容を悟られまいとする“工夫”以外の何ものでないという印象を持つし、実際初見でも異様に長いと感じてしまった。
実際、タイトルにまでしながら最終的にはその後の結果もなく、体験者による怪異の解釈にすら出てこない。
この“老ける”現象が怪異の内容の目くらましとして“疑似餌”になっているとしか余計に思えなくなってしまう。
さらに付け加えると、事実関係で非常に腑に落ちない点がある。
遺体発見の前日に彼女と会っている訳だが、そのさらに前日に事故が発生しているにもかかわらず肉親がそれを知らないのは非常に不自然である。
会社の同僚と行っているのだから身元不明ということはあり得ないし、釣りに行った者全員が行方不明とは思えない(そんな事故なら「新聞各紙に小さな記事」では済まないし、「同僚と初めての釣り」という証言もすぐには得られないだろう)。
常識的に考えれば、事故発生から1日経過して事故の有無を肉親が知らないということはあり得ないという判断が成り立つ。
作品の性格上、ウエットなものをメインに置いているにもかかわらず、それが非常に意図的な作り込みで組まれていると感じてしまえば、狙った効果が大きいほど失望も大きくなる。
読者をウエットな気分にさせるのは、構成などの形式ではなく、体験者自身の強烈な“想い”であると信じている。
しかもそれはダイレクトな言葉によって導き出されるものでもないと信じている。
「悲しい」と書かないと体験者の悲しみが解らないような作品では、本当の意味で“ウエットな作品”とは呼べないのである。
結局のところ、体験者=作者の言葉にならない“想い”を感じることができなかったため、どうしても評を低くせざるを得なかった。
ただ筆力があることは確かなので、ネタ次第では十分力を発揮してくれるものと期待する。