【−1】トイレにて

あり得ない場所であり得ない声を聞いたら、やはりそれは恐怖の対象になるだろう。
体験者とすれば魂が消え入るほどの恐怖感を味わったことは疑いない。
だが、それを実際に体験していない人間に伝えることが難しいのも事実である。
まず思ったのは、果たして体験者が聞いた声が本当に牛であったのかということである。
「部屋を揺らした」という表記があるので、音そのものが大音響であったのは間違いない。
果たして音によって部屋が揺れたのか、部屋が揺れた時に生じた音なのか、そのあたりの判断が難しいと思った。
個人的に解釈では、体験した音は牛の鳴き声ではなく、ポルターガイストのような現象による物音ではなかったかということである。
もし体験者が過去に牛を飼っていたなど、牛の鳴き声をよく知っている者であれば、どのようなシチュエーションでも鳴き声を聞き誤ることはないだろう。
だがそのような経験のない者が「牛の声だ」と咄嗟に断定するのは難しい。
そして一番の問題は、読者の殆どが“牛の声”という言葉に引っ張られて、完全に音にまつわる怪談話と思い込んでしまった部分である。
むしろ強烈な怪異は“トイレが揺れた”現象の方に感じる。
かなり意地悪な見方であるが、根本的な部分で意見の相違が出てしまうという内容(逆から言えば、決定的な実証に乏しい内容)は、やはりいただけないと思う次第である。