【0】あっちゃん、やめてよ

この作品も怪異に対する体験者の主観が強すぎるために、読者が少々置いてきぼりを食らっているという印象である。
怪異の内容としては、門村さんが謂われもない奇妙な怪異に遭遇し、それを後輩の広瀬さんの仕業だと思い込んで思わず怒りの矛先を向けたら、本当にその言葉が当の本人に聞こえてしまったということになるだろう。
端的に言えば、門村さんが怪異に対して勝手に思い込みをして、自らが怪異の発生源となってしまったような内容なのである。
主観抜きにしては怪異が成立せず、しかし主観であるが故に根拠がないというジレンマに陥ってしまっているように見える。
特に顕著なのは、水滴を落としてきている原因が直感的に“広瀬さんの所為だと解った”場面である。
このような書き方になってしまっているために、なぜかお互いが“生霊”を飛ばし合っているように見えてしまい、怪異の本質が少し歪められてしまっている。
実は水滴の怪異については、物理的な異変が確認されておらず(具体的に言えば、ものが濡れたり湿ったりしたという記述がない)、もしかすると門村さんの気分が高揚した状態で感じた体調の異変である可能性が捨てきれないのである。
そうなると、結局客観的な怪異と認められるのは広瀬さんの体験だけであり、門村さんの体験した怪異は全て主観の産物ではないかという疑念が出てくるのである。
非常に難しい判断を迫られるわけであるが、とりあえず怪異の内容が筆法によって誇張されている恐れがあるために(互いが念を飛ばしあっているのといないのとでは、希少性に大きな差があるだろう)、厳しめの評点とさせていただいた。