【+1】びっくりするでぇ

民俗学的見地から書かれたエッセイとして評価するならば、かなり面白いと感じるのであるが、“怪談”として読むと構成面でマイナスとなる部分がある。
この作品の怪異の肝となるのは、墓石とは知らずに踏みつけた親戚の子供達が見た夢の内容と、それに合致するかのように枕元に残された赤土の存在である。
怪談話として作られた内容であれば、ここが最大の見せ場であり、最も強調すべき箇所であることは間違いない。
ところが、冒頭部分の土葬にまつわる蘊蓄話から読んでいくと、怪異が発生したという認識は出来るが、強烈なインパクトはほとんど感じられない。
結局、蘊蓄話で“本墓”の正体が明かされており、しかも怪異に至るまでの相当な長文の中でこれでもかとばかり集中的に“本墓”の石について書いてしまっているために、読む側としてはこれから起こるべき怪異がどのような内容であり、またどのような展開となるかが何となく読めてしまっている状態なのである。
それ故に、御先祖の霊が夢枕に現れて説教するというパターンはまさに“予定調和”というべき内容であり、それが長文を読む中でほぼ形づくられているために、驚きを持って受け入れるという感じになっていないのである。
また長文の怪談によくある、体験者の心理描写やウエットな感情の発露といった付加的な要素もなく、淡々と墓石にまつわる“あったること”だけが描かれているだけに、何かしら“怪談”らしくない物語風の実話エッセイという印象が一番強くなってしまった(最後の締めくくりの説教くさい内容も、それを助長していると言えるだろう)。
最初の蘊蓄を最小限度に抑え、テンポの良いストーリーに仕立てたならば、また怪異そのものに対する印象は変わったかもしれない。