【−1】苦情

申し訳ない言い方になるが、認知症という言葉から得られる印象はどうしても“一般常識が通用しない世界”というものになってしまう。
それ故に、信憑性という部分でやはり疑念が生じてしまうことになる。
この作品で言えば、苦情を言ってきた入所者が普段どのような言動をしているかがはっきりしないために、本人の妄想で喋ったことがたまたま事実と合致したという可能性が否定できない。
またその入所者が“目が見えない”ことを強調しているが、これも認知症という言葉の前ではあまり有効ではない事実のように見えてしまう(視力のあるなしにかかわらず妄語する可能性が否定できない)。
偏見であるかもしれないが、この症状に対するイメージはどうしても怪異体験にとってマイナス要素しかない。
ただの妄想ではないと思われる事実を提示しなければ、読者は納得しないだろう。
やはり一番は、冒頭から“認知症”という言葉を持ってこずにストーリーを展開させることだったように思う(もしかするとその入所者の認知症の症状は大したものではなく、ただ冒頭の言葉に引っ掛かって大半の読者が重症患者であると誤解している可能性も捨てきれないのは事実である)。
個人的な意見としては、とにかく体験者が精神疾患意識障害を持っている場合は、よほど客観的な物証があるケースを除いて、彼らの怪異体験を実話怪談として俎上にのせないことが最も賢明で正しい判断だということである(これはある意味タブーであり、アンフェアな行為であるという認識である)。