【+2】きっかけ

この作品も無駄に長いという印象。
怪異の内容についてはかなりインパクトもあり、体験内容から考えても、それなりの長さになることは納得がいく。
だが、起こった出来事一つ一つに対して描写・説明・体験者の動きと克明に書きすぎているために、読んでいる側からすると同じことを繰り返し違う角度から説明を受けている感じがして、いわゆる“読み物”としてのくどさを意識せざるを得ない状態に陥ってしまったと言えるだろう。
臨場感はあるものの、それは生の躍動感ではなく、スローモーションの再生画像を見ている印象である。
例えるならば、スーパースローと称して反発力でしなるバットや歪む硬球を見せられて「これが実際に目の前で起こっていた出来事です」と言われているような気分である。
解説や評論が主である文章であればこのようなテンポもありかもしれないが(まさに私の文はその典型であると思うが)、ストーリーを読ませることが主の文章ではやりすぎは厳しいものがある。
率直な感想としては、文章を書くポテンシャルは高いが、“人に読んでもらう”という視点があまり身に付いていないために、自分でも力の出し加減が上手くいっていないというところである。
作者に能力があるが故に、厳しめに評点させていただいた。
評点とは全く関係ない部分の話となるが、“京都の大学”に通う学生が原付で走れる“片道2車線の国道”にある、心霊スポットの噂もある“長さ1km以上のトンネル”であるが、京都府内及び京都に向かう周辺地域でそれに該当する候補がない。
高速道路ならば1km以上の長さのトンネルもあるが、京都周辺エリアの国道・一般道でそのような条件のトンネルは5カ所もないはずであり、しかもそれらは“両脇に民家が建ち並ぶ”ような町中にはない(少なくとも、付近で事故があっても、見物の野次馬が集まってきそうな場所にはない)、また迂回路にあたる抜け道があっても峠越えする山道が中心でわざわざそこを利用して大学へ通っているのは不自然である。。
中途半端に詳しい情報を書くとそれを基に資料を詮索して該当する場所を素早く確認する人間が間違いなく存在する、ということを肝に銘じて書く必要があるだろう(はっきり言えば、これで“嘘が書いてあるから、信憑性がない”と弾ずることも可能である訳だ)。