【+3】鳥居の倒れていた土地

因果性が非常に高く、またその原因が“倒れた鳥居のあった場所”という、さもありなん土地である点でも相当強烈な“祟り系”怪談であると思った。
またその家の住人である女性を通して、徐々に歯車が狂い、そして何ものかの力に屈して蝕まれていく過程が時系列的に丹念に描かれており、見えざるものの力の凄まじさを否応なく見せつけられた感が強い。
ネタ的には圧倒的な怪談であり、文句の付けようもない内容であると思う。
だが、非常に気になる問題点があったことも事実である。
既に他の講評においても散見される問題であるが、一応私見を述べさせていただく。
実話怪談において、“他人の不幸”がどうしても避けられないプロセスとして存在することは周知の事実である。
特に祟りや因果を含む内容の話では、絶対的にその不幸が絡まないと、怪異が起こったと認めることすら出来ない状態になってしまう。
当然、人が死に、あるいは再起不能や様々な病気や怪我、さらには先天的な障害、精神異常、経済的打撃、家庭崩壊…とにかくありとあらゆる形で不幸が訪れ、その状況に至る過程をつぶさに書ききってこそ“祟り系”の醍醐味があると言ってしまっても過言ではないだろう。
不幸のレベルには大なり小なりあるが、だが“あったること”として事実を書くに当たってはどの不幸も希少な怪異として細大漏らさず書ききることに徹しなければ、その恐怖を伝えることは出来ないと思う。
この作品について言えば、二人の人間が死に至り、一人の子供には先天的な障害、そしてエピソードの中心にいる女性にも直接的な危害が加えられているが、この作品を公開する経緯の中でどの不幸も外すことは出来ないし、全てを受け止めて書く覚悟が必要であるだろう。
特に、女の子の障害については正直目をそむけたくなるほど痛ましい事実であり、心情的には暗澹たるものを胸に抱え込んでしまった気分にさせられるほどである。
だが、この事実を単純に「生まれてきた子には障害があった」という一言で済ませてしまうことにもためらいを感じるのも事実である(おそらくそういう書き方であれば、講評陣からは「もっと具体的なことを書け」というお叱りが飛ぶことは必至であろう)。
祟りが凄まじければ凄まじいほど、それによって引き起こされる不幸は残酷で衝撃的であり、読むだけでも精神的なダメージが来る内容になってしまう。
この作品について言えば、女の子の障害の内容に触れなければ、この“あったること”の全容を公開したことにならないと感じるし、その強烈な祟りの全貌を読者が戦慄を持って知ることが叶わないと思う。
血も涙もない言い分であるとは思うが、人の不幸を“あったること”として書く機会の多い“怪談作家”にとっては宿命であるとしか言いようがない(それは当然、彼らの書く作品をむさぼるように読む“怪談読者”にも当てはまる覚悟であるとも言えるのであるが)。
それ故に、書き手にとっては厳しい決断ではあるとは思うが、女の子の障害については筆を執らねばならないと個人的には判断したい。
しかしながら、これとは別の視点も重要である。
怪談は死や不幸を扱うことが多いがために、他のいかなるジャンルの書き手よりもより慎重にそれらを取り扱わねばならないのである。
その観点に立つと、この作品には重大な問題点が存在する。
“あったること”そのままに事実が書かれている場合、そこには偏見が入り込む余地はほとんどなく、受け止める側からしても深刻で重苦しいが、厳粛に受け止めて対処する理性的な態度で接することができるだろう。
しかしこの作品では、明らかに障害に対する主観的判断が入り込んでおり、これが場合によっては差別と偏見を助長すると言われてもおかしくないと思うのである。
“奇形”という言葉、そして“鳥居を思い出す”というコメントは、当事者ではなく傍観者から発せられた言葉であるが故に、大きな誤解を招き、読者によってはとてつもない不快感を露わにしてもおかしくない書き方であると言える。
とにかく当事者でない人間の軽々しい意見や感想を書くことは、特にこのような痛ましい状況に対してあまりにも無神経であると言わざるを得ない。
個人的に最も恐れる事態は、このような希少性の高い作品が、その怪異の本質と直接関係のない表記によって“封印”を余儀なくされることである。
おそらく書き手はこの作品を公開することについて迷ったと推測するし、その決断はかなりのものであったと考える。
だが、その決断とは全く違う部分の瑕疵によって指弾を受け、結局表の世界から消されてしまうことは、まさに実話怪談の不幸であるし、明らかに損失である。
差別やタブーについて書き手は細心の注意を払い、誤解を招くような表記を極力避けるようにしなければならない。
評点については、傑作であると思う一方、どうしても指弾せねばならない本質的問題点があるということで、悩みに悩んだ結論である。