【+1】迷子

非常に希少な怪異である。
幽体離脱でもなく、またドッペルゲンガーや分身体でもない、まさにパラレルワールドが忽然と出現して同次元に二人の同一人物が同一行動をとってしまったとしか言いようがない話である。
またこの長い展開を一気に読ませるだけの筆力もあり、ある意味ハラハラドキドキしながら読むということになった。
その点では、書き手の力量は一日の長があると言ってもいいかもしれない。
それ故にプラス評価には全くの異論はないのであるが、しかし実話怪談作品としてみた場合、大きく評点を伸ばすまでには至らない作品という思いも強く残った。
“読ませる”という技量が過度に立ちすぎて、記録としての実話怪談の妙を壊しているという印象が強いのである。
特に感じたのは、体験者がもう一人の自分に気付いて先回りしていく、後半の肝の場面である。
まず“健児さんは考えた。考えた結果、ある一つの可能性に思い至った。うまくいくのかどうかわからないし、仮にうまく行ったとしてそれで何が解決するのか。しかし思いついてしまった以上、健児さんには他の選択肢はなかった。”という表記が、いかにも小説的表現すぎて虚構くささを感じざるを得ない印象を持った。
展開の最初の段階で悪い印象を持ったまま読み進めると、さらに体験者の行動が次々と提示されていくのであるが、それが作品の冒頭部分で体験者が感じ取った異変と合致しており、明確に二人の同一人物の立場が入れ替わっているということが判るわけである。
ところがそれにもかかわらず、体験者がそれを全く意識していないように書き手が構成しているために、何となくこれもフィクションの書きぶりではないかという印象を持った。
要するに、怪異体験を嫌が上でも引っ張っていくために凝らした工夫が、却って虚構の印象を生み出していると感じたのである。
実話怪談だから“あったること”だけを淡々と書けばいいとか、少々下手な文の方が生々しさがあって良いとかという意味ではない。
荒唐無稽な怪異である故に、あまりにも劇的な文調で書いてしまうとリアリティーを損なう恐れがあるからこそ、そのあたりを慎重に書くべきだったと思う。
文章力もあり、怪異の希少性もあるからプラス評価とさせていただいたが、実際はもっと改善すべき内容を多分に含んでいると自覚していただければと思う。