【0】原爆資料館

典型的な異界譚であるが、歴史的建造物ではなく資料館で起こっているためにお決まりのパターンになっていないところが非常に希少である。
ベルサイユ宮殿やロンドン塔でも時空を超えた異世界に迷い込んだというケースが報告されているが、その場合はある特定の過去の場面で有名な歴史上の人物と遭遇するという形で劇的な展開を見せることが通例である。
ところがこの作品におけるパターンは、原爆投下の時代に存在していない“資料館”での出来事であり、当時の遺品などは収められているが、建物自体が“過去”を持たないためにこのような不思議なタイムスリップと思しき現象になったのではないかと推測も出来る。
また怪異の状況から、原爆投下時の状況を追体験しているわけでもなく(これは報告例が一番多い“原爆ネタ”のパターンである)、遺品から体験者達が感応した(憑依された)ものではないことも示されていると言えるだろう。
これを考えると相当希少価値の高い内容と判断できるのだが、この怪異体験に関する記述があまりにも素っ気ないのである。
異界譚の場合、何と言ってもその異界の状況をいかにリアルに書くか、またそこにあるディテールをどれだけしっかりと書くかによって評価の度合いが変わってくるのであって、この作品のような大まかな状況だけでは説得力に欠くと言われてもおかしくないところである。
そして時計が原爆投下時刻で止まってしまったという最後のくだりについても、事実関係だけが伝えられているだけで、針の時計だったのかデジタルの時計だったのかの補足的説明までないと、信憑性の問題として突っ込まれる危険性もあったと思う。
異界という非日常一色に染まる世界を“あったること”として成立させるためには、やはりしっかりとした情景描写が求められるということであり、それが弱ければその分だけ信憑性を失うことになる。
せっかくの希少な体験であったが、今の記述だけでは納得するまでにはほど遠いということで、可もなく不可もなくという評価にさせていただいた。