【−2】歩き続ける人

“ありきたり”としか言いようのない、全く引っ掛かるところのない定番の怪談話である。
書き手はその問題点を解消するべく、例えば具体的な地名やコースを挿入させることでリアリティーを確保しようと試みたり(もう少し現場が特定できそうな微妙なポイント名が欲しかったが)、また目撃したあやかしの容姿を恐ろしいぐらい克明に描写している。
しかし、これらの試みも、目撃した事実の平凡さに完全に飲み込まれてしまっている。
何かもっと奇異に感じる怪異の内容が存在していないと、怪異体験として多くの目に晒すに耐えうるだけのレベルに達していないと思うのである。
つまり、酒の席でのちょっとした話とか、そういう場面ではそれなりに聞ける話であるが、こういう怪談に特化された大会の場に登場したら、全く手も足も出ないレベルとしてあしらわれてしまう程度なのである。
自分の体験を聞いてもらいたいという動機の投稿であればやむを得ないが、このネタで怪談作家として世に出ようというのであれば、あまりにも命知らずな行為である。
また、あやかしのディテールについての表記についても、怪異体験の記録としてはそれなりに評価できると思うが、ただ読み手を意識した書き方であると問われると、若干躊躇してしまう部分がある。
怪談における“ディテール”とは、完璧な情報公開ではなく、あやかしや状況の特殊性を強調させる手段であり、同時にその特殊性で目撃や体験のリアルを獲得する手段である。
つまり身につけている物の全ての内容を書き留める必要はなく、例えば非常に印象に残った部分だけをしつこいばかりに書くことも一つの手法であると思うし(この作品で言えば“ひげ”がそれに当たる)、違和感を覚えた部分を取り出すだけでも十分なディテールになる。
この作品の場合、車で追い抜きざまに見ている割にはあまりにも事細かな表記がなされており(徐行運転に近い速度で抜いたと釈明しているが、その行為自体も何となくリアル感のない印象に繋がるわけである)、却って胡散臭いと思わせる結果になってしまっていると言えるだろう。
もし印象に残った身体の特徴なり装飾品なりだけが提示された方が、むしろ“車で抜いた瞬間”のリアルさが得られたのではないだろうか。
毎年のようにディテール不足で叩かれる作品がある反面、不自然に濃密なディテール描写で信頼を損なっている作品もあるわけで、この作品もその部類に入るためにかなりの減点とさせていただいた。
「過ぎたるはなお及ばざるが如し」という次第である。