【+1】キッチー

怪異の内容としては霊の出現と“アポーツ(物品引き寄せ)現象”が挙げられるが、一番注目すべきアポーツの方が、実際に入っていた1万円札そのものについての情報がほとんどなく、怪異の記録としてはやや不発気味という印象であった。
もしかすると書き手がストーリー性を重視したために、アポーツされた札の検証部分を故意に落としている可能性があるように思ったりもするが、実話怪談としての質を高める目的で少々回りくどくなっても書いた方が良かったのではないだろうか。
このあたりはウエットな傾向を持つ内容であっても、怪異の情報記録としてあるに越したことがないという見解である。
ただ、アポーツされた札について“三つ折りにされた”という情報だけが残されている点は、書き手が作品をどのように書こうとしているかが明瞭に見えてきて、非常に好印象である。
この部分を強調することで、亡くなった母親の愛情をひしひしと感じさせ、またそれが主人公であるキッチーの言動に繋がっていって、作品全体を情感のあるものにしていると思う。
作品全体は、キッチーのキャラクターを確立させることで人情噺の怪談を目指して作られており、それが上手く消化されていると感じる。
特にこの種の話でよくある“お涙頂戴”の濃い目の書き方をせず、やや突き放した淡々とした文調で統一されていた点は、書き手のセンスの表れであるだろう。
ただ惜しむらくは、途中で大きく展開の視点が変わってしまい、話者とキッチーの視点で書かれたエピソードが交互に挿入されているかのような構成になってしまっている。
ウエットなストーリー重視の構成・展開なので極端な違和感を感じなかったが、それぞれの視点に切り替わったところできっちりと“行あけ”を施して、切れ目を作った方がもう少し自然な流れになったようにも思う。
トータルで言うと、書き手の意図したところへ話を落とし込むことに成功しているが、怪異を完全に活かしきれなかった部分も見受けるので、若干プラス評価ということで落ち着かせていただいた(アポーツについてもう少し言及されていれば、かなりの佳作となったというのが正直な感想である)。