【−1】イントロ

状況から考えると、聞こえてきた“かごめかごめ”の歌は聞いていた曲に入っていたものではなく、外部から入り込んできたものであると解釈したい。
そして寺から襲ってきた波動と、この音の怪異はセットのように見えてくる。
要するに、問題は聞いていた曲ではなく、寺の方であると考えた方が妥当であるという意見である。
それ故に、体験者が大慌てで帰宅して曲を再生するだけで終わってしまったのは、果たして怪異譚の締め方として正解だったのかという疑問がある。
むしろ怪異の原因を追及する姿勢があるならば、寺の来歴であるとかまで調査すべきであると思うし、またそれをやってこそ怪談として全うできる何かがあるのではないかという気がする(何か曰く因縁がなければないで、それは確認して提示すべきだろう)。
音の怪談ということでその部分ばかりにこだわるのは問題ないのであるが、寺院の前で別の怪異が起こっている事実がありながらそれについての検証なり後日談に言及しないのはいかがかと思うし、それがないと“波動”の体験は体験者の主観の産物という誹りを招く危険性もあるだろう。
一方の怪異だけ検証を試み、他方を放置したままというのは、やはり据わりが悪いことこの上ないという意見である。
ただし“かごめかごめ”の歌そのものについては、それが歌われた意味を見出すことも不可能ではないが、むしろ子供達が歌う曲目がたまたまそれだった可能性の方が高いという印象である。
歌の中身まで意味があるとすればとんでもない怪異譚であるだろうし、そこまでの内容になれば、この程度のボリュームでは済まされない因縁があると思う。
もう少し裏付けが必要なのではないかという意見なので、厳しめにマイナス評価とさせていただいた(体験者=書き手のケースでは、こういう“気付き”の足りないことがままあるが、そこが経験の積みどころということになるだろう)。