【−2】冷たい手

起こっている怪異そのものは不思議なものであり、非常に感覚的な体験であるが、言を費やして描写説明をしているので信憑性の高い内容になっていると思う。
また怪異に遭遇した体験者の心理もしっかりと書かれており、その時の緊迫した状況というものが見て取れる。
しかし、その前後にある冗長な体験者の身の上話が、怪異の強烈さを殺してしまっていると言っていいだろう。
おそらく書き手としては、体験者の心情をきめ細やかに書くことによって“怪異を通して人を書く”方向で展開しようと試みたのだと察する。
もちろん体験者がこの怪異を体験することで結婚することを決意したことは事実であり、その点で言えば間違いなく“怪異を通して人を書く”題材となる条件を満たしていると言えるだろう。
だがその決意に至る心情が“普遍的”でないために、何か論理の飛躍のようなものを感じて、しっくりとこないのである。
たとえば“恋人と一緒にいた場面で怪異に遭遇したが九死に一生を得た”ということであれば、誰もが体験者が結婚を決意した心情を慮ることが出来る。
あるいは“一人暮らしの自室で孤独の内に死ぬギリギリの状態にまであやかしによって追いやられた”怪異の後の決意であれば、誰もが得心のいく結論であると思うだろう。
つまり“怪異を通して人を書く”場合、誰もが共有できる感情の発露でないと、どうしても独りよがりな印象を持たれて、その体験者の心情が書かれた部分そのものが余計で冗長な存在として忌避されてしまうのである。
この作品における怪異のように、通り魔的な印象が強く、また恋人もその場に居合わせず、個室は個室だが“孤独死”という次元にまではいかないだろうと思われるシチュエーションであるために、これで体験者が結婚しようと決めたことが事実であったとしても、それに共感することは難しいのである。
むしろ、取って付けたノロケ話を聞かされたという印象しか残らないし、怪異が有機的に絡んでいるという印象は非常に薄いと言わざるを得ない。
評価としては、やはり無駄な部分が多すぎるということで落ち着き、そこそこのマイナス評価とさせていただいた(体験者がこの怪異の原因を直感的に理解して、結婚を決意したとなれば、もっと高い評価にしてもよかったのだが)。