【−2】生兵法

もし仮に創作も含めた怪談も可であれば、この作品に対する評価は非常に高いものになっていただろう。
狐憑きと思しき患者を前にして覚えたての呪法を施したら、案の定その患者が猛烈に反応したという内容であるから、まさに思う壺に近い結果を導き出した展開であると言えると思う。
しかし、この結論は初めにその患者が狐憑きであることが前提として必要であり、創作レベルでは書き手の意図さえその方向に向いていれば成立しうることになるわけだが、実話の場合は、まず前提以前としてその患者が“狐憑き”であることが明瞭に判断できるだけの条件が必要になる。
“書き手がそのように書いているから”という理由では明らかに説得力不足であり、客観的に“狐が憑いている”ということが誰の目にも明らかでなければいけないのである。
その点で言えば、この作品では完全に説得力を欠いていると言わざるを得ない。
体験者の呪法を聞いて患者が激昂した原因が、“悪口を言われた(内容が聞こえたかどうかの問題ではなく、ただ何事か自分に対して言われたと邪推しただけでも“悪口”は成立する)”ためであると十分に判断できるだけの余地が存在する以上、これだけのリアクションだけでは“狐憑き”であるとの判断はきわめて難しい。
特に“狐憑き”の場合、尋常ならざる行動、例えばいきなり屋根まで無反動で飛び上がってみたり、人間の脚力では到底辿り着けない距離を一気に走ってみたりなど、とにかく人間離れしたケースが多数報告されており、これと比べればこの作品の反応では当然疑念が生じてもおかしくないレベルであるだろう。
つまり、この作品に書かれている情報だけでは、患者が本当に“狐に取り憑かれている”かどうかを判断するだけの根拠がなく、そのために根本的な次元でどうしても納得できないという結論になるわけである。
全体的な流れとしては非常にしっかりとしているのだが、どうしても“狐憑き”であるとの確証が得られないために、本当の怪異であるということが立証し得ない、もっと率直に言えば、ただの偶然が生みだした噂の域を出ない話ということになるだろう。
その問題が作品内で克服できないので、それなりにマイナス評価とさせていただいた次第である。