『月夜ではなかったが』

非常によくまとまった作品。怪異としては、最初かなり際どい線を行きつ戻りつという感じだったが、最後に“大勢の盛大な拍手”によって明確に怪異であることを提示、そこまでのモヤモヤとした感触を一気に吹き飛ばしてくれた。怖さはないが意表を衝いた怪異であり、見事に決まったオチであると言えるだろう。また体験者の行動も冷静に考えるとかなり珍妙なのであるが、ストーリーの中にあって何となくしっくり来るように思うし、巧く狂言回しの役割が出来ていると感じる。ある意味“現代童話”みたいな感もなきにしもあらずだが、実話怪談のフォーマットにきちんとはまっているので、創作的な匂いは感じなかった。
怪異についての解釈であるが、おそらく“狐狸”の一種ではないだろうか。特に歌の断片を繰り返しているところがいわゆる“オウム返し”と同じような状況であり(狐狸は人間の姿になっても、言葉が不自由なために同じセリフを復唱するような行動を取ることが多いとされる)、人間に化けてせっせと化かす練習をしているような、微笑ましい印象がある。いずれにせよ別に人を驚かそうという目的でもなく、偶然人間の真似をしていたところに歌を教えてもらい、お礼をしたという感じなのだろうと想像する。
ただし怪異そのものがどうしてもインパクトの強いものではないために、完成度は高いが、一定以上の評点を付けるのは難しいところである。作品集の中にあって、恐怖のインフレ状態を緩和させる役目として置かれれば、異彩を放つことが出来るのではないかと思う。
【+1】