『黒い影』

一人称独白体についてはあまり推奨しないのであるが、この作品に登場する怪異の本質を鑑みると、どうしてもこの文章スタイルを取るのがベストであると言うしかない。自分だけにしか見えない存在、それを周囲に告げたために壮絶なイジメに遭う展開は、主観の目線があってこそ強烈な印象を作り上げることが出来ると思うし、さらに言えばこの作品の怪異の本質はまさに“イジメへの報復”が引き起こしたものであるからである。それ故に、日頃からの主張を曲げてでもこの書きぶりを評価したいと思う。
そしてもう一点挙げるとするならば、最初は100%の主観目線だけ、下手をすれば電波系の思い込みではないかと思わせるほどの展開なのであるが、ところが、クライマックス近辺からその主観が客観的事実の裏打ちを得てくるのである。つまりベランダからの転落事故が起こった時のクラスメイトの証言が、主人公の見ていたものの存在が真実であるかのごとく添えられている。そして最後に母親が語る話によって、主人公の見ていたものが単なる妄想や幻覚ではなかったことをしっかりとアピールする。書き手がどこまで意図しているか分からないが、一人称独白体の最も脆弱な部分を逆手にとって、一気に真実味を帯びた“実話”に仕上げてきていると言うべきだろう。良い意味で読み手を欺いているのである。
しかし前半部分では一人称独白体の弱点が露呈していることも指摘できる。イジメに関する記述が突出して長すぎて、怪異譚としてのバランスを欠いていると言わざるを得ない。“主人公の苦悩=報復の凄まじさ”は理解できるが、心理描写や説明は過剰だったと思う。そして時系列表記のアンバランスも、弱さに繋がるだろう。イジメがどれだけ続いていたかがなく、いきなり4月18日という日付がでてくると、どうしても不自然さを感じて体験者自身の歪さを想起してしまうところである。万一電波系を装うとしても、個人的にはやり過ぎという意見である。
最後の母親の証言がなければただの与太話で終わってしまっていたが、それなりの信憑性を獲得していると判断できるし、また一人称独白体をかなりの点で活かしていると思うので、そこそこの評価は出来るだろう。若干のプラス評価ということで。
【+1】