『四区』

過不足なく怪異に関する情報が詰められており、またそれに関する伏線もしっかりしているので、よく出来た作品であるという印象である。
怪異の舞台となる場所も早い段階で提示され、さらにそこをバイクで走る危険性までしっかりと指摘、しかも不謹慎な言い方になるが、皮肉にもそれを教えてくれた先輩がそこで事故で亡くなるという悲運までここで伏線にしている。怪異の片鱗さえない段階でここまできちんと結末に対する伏線が張られている手際の良さには感心する。書く前にしっかりと構成がなされて、怪異の本質を見極めているからこそ出来ることと察する。
怪異についてであるが、非常に描写が丁寧であり、未知のあやかしであるが、そのイメージが確実に出来るところまで書き込まれていると思う。またそれが移動して体験者に一気に接近していく場面の活写も迫力があり、とにかくこのあやかしの存在感、リアリティーといったものが見事に凝縮されている。こういう未知のあやかしの目撃談については、それこそ描写が生命線であり、それなりの筆力が要求される。このあたりを余裕を持ってクリアしており、かなり書き慣れている書き手という印象が強い。
またあやかしが未知の存在であるのだが(おそらく“妖怪”と呼んでいいのだと思うが)、ただ存在を投げっぱなしにするのではなく、これが何ものであるかの示唆を読み手に提示しているところも心憎い。特に最後の段にある“近くの住人が目撃していない”という記述は、なぜ郵便配達員ばかりが目撃する(襲撃に近い状況で)のかという謎と合わせることで、このあやかしの正体の重要なカギであると考える。おそらくこのあやかしは、この里一帯を守護する神に近い存在、あるいはこの山あたりを根城にしている妖怪であり、多分配達員を侵入者とみなしているのかもしれないと想像できる(もっと想像を逞しくさせると、配達される郵便物の内容に反応しているのかもしれないが、さすがにこれが穿った見方だろう)。さらに言えば、ガードレールを取り付けたら出なくなったという情報も、もしかするとこのあやかしの通り道に“金気の物”が設置されたために通れなくなったのではないかと想像することも出来る。こういう深読みもさせてくれる情報があるというのは、実に気配りできていると感じ入る次第である。
文章全体もほとんど破綻やもたつきもなく、むしろ読み手を適度な刺激を与えつつリードできていると思うところが強い。なかなかの力作であると思う。
【+4】