『ミスマッチ』

音にまつわる怪異であるが、視覚に訴えてくる怪異と比べると、やはり書き方が難しいところである。視覚による怪異は具体的な描写が可能性であるし、またそれをきちんと書ききることで怪異から相乗効果的に恐怖も引っ張り出せる。しかし、音による怪異を言葉で表現するのには限界があると思うし、技巧が必要であると言えるだろう。それだけハードルが高いわけである。
この作品でも、音が怪異であることを印象付けるための工夫がかなり施されている。異音が起こるたびに、周囲の光景が日常極まりないことを示すためにしつこく情景が説明されている。この異音と日常風景の交互の記述は、音の怪異を際立たせるものであるだろう。さらに体験者以外にもう一人、異音に気付いている人物を登場させることによって、異音が体験者の錯覚ではないことを示そうとしている。このあたりは、怪異を怪異たらしめるための書き手の配慮が行き届いていると言うべきであろう。客観的に見て、怪異はその場で起こっていたという信憑性を勝ち取ることには成功したと見るべきである。
だが、異音に関する記述そのものについては問題があると思う。“悲鳴”とか“絶叫”という言葉だけで表現されてしまっており、具体的な雰囲気は出せているものの、インパクトに欠ける記述であるという印象である。つまり説明的な言葉だけで音を表しているために、直接読み手の感情を揺さぶるような強烈さが弱いのである。例えば、もっと擬音語(しかも一般的に使われないような羅列的な表記であればなおさら効果的だろう)が使われていれば、音に対する恐怖感は増幅出来たのではないだろうか。音の持つ禍々しさを表すべき怪異の内容であるだけに、平板な説明調だけではなく、読み手の感情にダイレクトに訴えかける文字列があっても良かったと思う。
それなりの工夫は認めるが、何となく理性が勝ってしまったような文章で損をしているように思う。可もなく不可もなくというレベルの作品ということで。
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