『夜の港で』

怪異としては強烈である。体験者が目撃したあやかしそのものだけでも相当インパクトがあるものだと思うし、翌日の検証で得られた情報も恐怖を覚えさせる内容としては十分であるだろうし、そして何と言っても死者まで出てしまうようなとんでもない結末である。一体どのようなあやかしだったのかその正体も全く明らかにされず、ただ人に危害を加える邪悪で絶対的な存在であることだけが明確に記されている。下手に類推をせずに、ありのままにあやかしを描写した点は評価出来るだろう。
この作品で引っ掛かる部分があるとすれば、やはり説明調が勝ちすぎている文体である。あやかしとの最初の遭遇場面は、カギ括弧で会話部分を入れたりするなど、とにかく描写することを意識した文の流れが出来上がっている。それに対して、翌日の水溜まりの発見から足跡の追跡までの部分が、直接的な体験にもかかわらず、なぜか説明文で淡々と進めてしまっている。40センチの大きさの足跡を見つけたというとんでもない怪異が目の前にあるのだ。なぜここで臨場感を失ったような冷静な文体で書いてしまったのかが、実に納得がいかない。少々会話文が増えてまどろっこしくなっても構わないので、もう少しインパクトを感じさせるような書き方が出来なかったのだろうか。特にその前の部分で臨場感を持ってあやかしの出現場面が描かれているために、余計にそのもどかしさを感じてしまった(その後の車が襲撃されたエピソードは、伝聞であるからこの説明文体の方が活きてくるという意見である)。
書き方によってはもっと読み手に恐怖感を与えることが出来たはずの作品である。その点を考えると、非常に惜しいと思うところである。怪異の本質は押さえているとは思うが、その怪異に見合った文体まで行き届いていないという印象である。
【+3】