『川姫様』

書き方で全てをぶち壊してしまった作品である。
まず冒頭のwikipediaの説明記述部分であるが、これを持ってきた目的がよく分からない。川姫というメジャーではない妖怪の遭遇譚であることから、こういう権威的なものにすがろうとしたのかもしれないが、この一般的説明通りの怪異が起こったから価値があるというものでもなく、むしろ“実話”の面白味はそのような“定説”を逸脱した部分の存在にこそある。それ故に、この実話怪談の報告の冒頭にあやかしそのものに関する一般論的・事典的な説明を置いたところで、ほとんど無意味であるとしか言いようがない。それよりも体験者の証言を持ってきた方が、よっぽど意義のある書き方であると思う。
そして本題については、まさに“実話”の意味が分かっているのかどうか疑わしいほどの古風な書き方である。文中に“予科練”という言葉がなければ、江戸時代の話であると突っ込まれても反論できないほどである。妖怪の遭遇譚であるから、あるいは古い話であるからといって、この民話的な書き方は全くなっていない。この書き方では、おそらく多くの読み手は“創作”であるだろうと穿った見方になると思うし、そのあたりの信憑性に完全に傷が付くとしか言いようがない。
さらに言うならば、民話調に見えるのだが、実際は非常に思わせぶりな書き方であり、かなりひねくり回した印象を受ける。特に会話文と地の文との間の開け方などは、あまり素直ではないと言えるだろう。そのあたりの印象から、故意にこういう書き方を選択していて、良く言えば実験的、悪く言えば挑発的な作品に仕上げていると感じるところが大きい。
ちなみに怪異そのものの表現であるが、川姫自体の描写は多いとは言えず、その行動に関する記述についても紋切り型のものが大半であり、それまで繰り広げられていた人間同士の会話の雰囲気と比べると、遥かに平板でつまらない。要するに、怪異譚の中心部分の出来については、お世辞にも上手ではなく、おざなりのレベルであると言ってもいいだろう。
いずれにせよ、結果としては“実話怪談”のセオリーを完全に逸脱しており、評価に値しないということである。冒険はいいが、もう少し怪異を積極的に活かす書き方を考案していただきたいものである。
【−6】