『病床の看護師』

結論から言ってしまうと、ある一定の方向へ怪異を誘導しようとする意図が完全に見えてしまっていて、御都合主義がまかり通っている作品ということになる。もっと具体的に言えば、全ての面において明確な理由付けがなく、予定調和的に怪異を認定し、そして自らストーリーを作り上げているように見えるのである。
最初の遭遇の場面で体験者は恐怖を感じているが、看護師があやかしであるという根拠に基づいているわけではない。むしろ場の雰囲気があまりにも変であるために恐怖しているのであり、隣室のオジサンの話を聞いてようやくそれが霊であると確信する。しかし読み手からすると、体験者の見た看護師のあやかしに関する描写が少ないために、何故体験者が腑に落ちたのかに付いていけない。まさに展開が飛躍しすぎており、いきなり霊であるという前提が途中で入ってきて話が進んでしまっているように見えるのである。少なくとも体験者は看護師の姿を見て、初対面のオジサンの話を真に受けるだけの根拠を得ているはずである。それを書かなければ、読み手には御都合主義的な書き方であるとしか伝わらないだろう。
さらに言えば、このオジサンの証言を確かめるべくナースステーションへ行くくだりも、事実であったとしても、かなりあざとい書き方に見える。つまり、一発で真に受けたように見えていたはずが、何故わざわざ看護師達へ単刀直入に訊くような馬鹿正直な真似をしたのかが理解しづらいのである。しかも婦長らしき看護師からやんわりと否定され、食い下がることもなく帰るに至っては、もしかすると一応取材めいたことをして“アリバイ作り”をしたのではないかと邪推したくなるわけである。とにかく行動といい、質問内容といい、かなり不自然であるとしか言いようがないのである。
隣の病室のオジサンの証言によって怪異の全てが動かされている(しかもこのオジサンの死によってストーリーが終結するというタイミングの良さ)印象ばかりが残ったのが、御都合主義に原因であると思う。怪異の本質に関わる情報が唐突に明るみに出るという展開は非常に危険であり、その状況を上手く回避しながら慎重に書くべきだろう。この作品の場合で言えば、最初の目撃時に看護師のあやかしについての描写をもっと密にして、オジサンの証言を裏付けるだけの説得力を持たせることで、かなり状況を打開できたように思う。予定調和的な流れが顕著であるために信憑性にまで傷が付いてしまった悪いケースであると言える。残念ながらマイナス評価ということにさせていただいた。
【−3】